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言うまでもなく、『イデーンI』における志向性理論の中核をなす概念が「ノエマ」である。志向性のメカニズムは、この概念を用いて次のテーゼに拠って説明される。すなわち「あらゆるノエマは、ある『内容』を、すなわちその『意味』を持ち、そしてそれを介して『おのれの』対象に関係する」[Ideen I, S.267]。 他方、フッサール現象学を分析哲学的伝統のうちで捉え直そうとする試みは、「ノエマ」というこの概念を、指示を決定する内包的存在者と見なすところから始まったと言える。しかし、この解釈は、「志向intention」を「指示reference」と類比的に解釈することによって、志向性理論に思わぬ問題を突きつけることになった。ノエマは「意味」によって「おのれの」対象に関係する。それゆえ、ノエマ的意味はその対象を一意的に指示するものでなくてはならない。このことから、ノエマ的意味は、ノエマの対象を唯一つだけ選び出す確定記述の意味であることが推察される。 だが、この解釈によってノエマ論は、現代になって記述理論に対して向けられた批判の矢面に立たされることになる。単純ではあるが劇的な問題は、知覚意味を記述した文の意味が、知覚主体の志向的対象を指示しない、という場合である。しかしこのことは、知覚体験の有する固有性に全く反するものであるように思われる。たとえ私が、私の知覚対象を間違えて記述(表現)したとしても、私はその間違えた記述によって指示される対象をではなく、(冗長的にならざるを得ないが)私の志向的対象を志向しているのである。知覚は、なるほど客観的な視点から見れば可謬的ではあるが、他方でしかし、対象をはじめて原的に、有体的に与える根源的体験であろう。 このことから、我々は知覚ノエマの「意味」に、記述理論が説明しうる指示のメカニズムに回収されえないそれ「以上のもの」を考慮しなくてはならないであろう。これをさしあたり「知覚意味のダイクシス」と称して論じてみたい。論述の焦点は、(1)「指示」と「志向」の差異の検討であり、これは(2)言語意味(意義)と知覚意味の差異の検討へと導かれるであろう。そして、(3)「これ」や「あれ」といった指示詞的な指示の志向との関係を取り上げることによって、指示と志向との、そして知覚体験と言語表現との連関を明らかにする手がかりを見出すことができるのではないかと考えている。 (主な文献) Husserl, Edmund; Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie. Erstes Buch : Allgemeine Einführung in die Phänomenologie, Tübingen: Max Neymeyer Verlag, 2002. Logische Untersuchungen II/1 : Untersuchungen zur Phänomenologie und Theorie der Erkenntnis, Tübingen: Max Niemeyer Velag, 1993. Logische Untersuchungen II/2 : Elemente einer phänomenologischen Aufklarung der Erkenntnis, Tübingen: Max Niemeyer Velag, 1993. Donnellan, Keith S.(1966), “Reference and Difinite Descriptions,” in The Philosophical Review, vol.LXXV, pp.281-304. Føllesdal, Dogfin(1969), “Husserl’s Notion of Noema,” in Husserl, Intentionality, and Cognitive Science, edited by Hubert L. Dreyfus (HICS), MIT Press, pp.73-80. Kaplan, David(1989a), “Demonstratives,” in Themes from Kaplan, ed. by J. Almog, J. Perry, H.Wettstein, New York/Oxford: Oxford University Press(TK), pp.481-563. -----(1989b), “After Thought,” in TK, pp.565-614. Kripke, Saul A.(1980), Naming and Necessity, Oxford: Basil Blackwell. McIntyre, Ronald(1982), “Intending and Referring,” in HICS, pp.215-231. Smith, D.W.(1982), “Husserl and Demonstrative Reference and Perception”, in HICS, pp.193-213. Smith, D.W. & McIntyre,R(1971), “Intentionnality via Intensions,” in The Journal of Philosophy, vol.LXVIII, pp.541-561. -----(1982), “Husserl’s Identification of Meaning and Noema,” in HICS, pp.81-92.
by husserl_studies
| 2007-01-11 23:59
| 研究発表要旨
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