ミュンヘン学派の現象学的美学者M・ガイガー(1880–1937)は、美学という学問のうちに二つの可能性、すなわち「事実美学Tatsachenästhetik」と「価値美学Wertästhetik」を認めている。ガイガーの美学研究の大部分は、主観の美的態勢にかんするものであり、たとえばその代表が初期論文「美的享受の現象学への寄与Beiträge zur Phänomenologie des ästhetischen Genusses」(1913)における美的享受の心理学的研究である。しかしながらかれの念頭にはつねに価値美学の構想があったのであり(「美学は美的価値の学問である。」)、この論文においてもすでに価値美学的問題の重要性が示唆されている。そして、このような立場は遺稿「芸術の意義Die Bedeutung der Kunst」(1976)において、とりわけ心理学的方法による事実美学(そのほかには、社会学的、歴史学的、進化論的な美学)との対立のうちで提示されているのである。ガイガーは二つの異なる美的体験様式に注目することによって、事実美学と価値美学の対立、その原因を説明している。つまり、美的体験様式のうち「享受Genuß」を開始点とする場合において美学は事実学となり、「適意Gefallen」を開始点とする場合にそれは価値学となるのである。享受と適意はいくつかの観点にもとづいて区別されることになるが、とりわけ重要であるのは、もっぱら適意という体験様式においてのみ価値が捕捉されるということである。「適意には分別がありsehend、享受は盲目blindである。」こうしたことを確認しながら、本発表においては、「美的享受の現象学への寄与」および中期論集『美学への通路Zugänge zur Ästhetik』(1928)を参照しつつ、最終的に「芸術の意義」において結実する(あるいは、するはずであった)かれの価値美学の全体像を描き出すことにしたい。
by husserl_studies
| 2017-02-14 23:08
| 研究発表要旨
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フッサール研究会
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