「愛」は哲学の歴史的展開のなかで、その類型、秩序に即して多様に語られうる。古代ギリシアの「愛」は、人間の理性的な諸活動の根源として、プラトンの思想に顕著なように、肉体的な美の価値から絶対的な美の観照(美のイデアの直観)への道行きを上昇する。「愛」はまた「恋愛の歌」として中世の宮廷において多彩な隠喩をまとい、ミンネゼンガーによって高貴で有徳な女性に捧げられた。ここから理解されるのは、「愛」は「愛」の対象を「価値」のあるものとしてイデアのうちに「発見」し、これを選択する「意志」として働くということである。シェーラーの実質的価値倫理学が「価値」の対象を実在的なものとしてではなく、理念的対象として捉えた背景には、こうした価値の領域を拡大化する働き(価値認識にとっての発見)を「愛」にみていたことによる。
フッサール現象学の志向性理論内部に見出された、志向性に発見的機能を付与する「愛」は、人格主義的態度における対象の「価値」の領域の拡大化に寄与する。シェーラーの「愛の創造性」も、こうした志向性の発見的機能にかんして述べられたものである。したがって価値判断を価値論に還元することで価値哲学を構築しようとする新カント派に対して、フッサールが『イデーンⅡ』の時期におこなった感情における知覚の役割を果たす「価値覚」の分析は、価値の客体を直接把握する知覚であった。 本稿ではこうした価値の独特な対象性にかんして、価値認識と態度との関係について考察してみたい。直進的に生きられた自然的態度は現象学における批判的認識の対象だけでなく、「価値」を帯びた実践的な世界でもある。還元はこうした世界を、現象学的態度へ移行することで理論的に主題化する営みだが、認識能力としての理性を通じて、同時に世界から「価値」の彩りを解除してしまう。構成の発生的分析はこうした価値に彩られていた世界を質料性に基づけ、下からの再構成の歩み通じて解明している。そのため彼の『イデーンⅡ』における領域存在論は、「価値」の対象(価値客体)を物質的実在に基づけることになった。還元を通じた現象学者の態度転換によって、シェーラーの価値感得によって直接捉えていた価値客体がいわば世界から解除されたのである。これに対して考えてみたいのは、発生的現象学による構成的分析であるフッサ-ルの「超越論的論理学」の一連の諸講義(受動的綜合)は、認識対象の受動的構成層をこうした価値感得の先構成層の経験領域として解明する試みでもあったのではないかということである。30年代に入るとこうした「価値」の原初性における先構成の場面が、感性的質の原構成(融合)の次元とともに設定されてくる(ⅩⅤ, 597ff.)。周囲世界を生きるモナドの共同体が、目的論的な運動のなかで最善へと上昇する「愛」の共同体として語られた背景には、こうした「受動的綜合」の分析によって露呈された構成の最深の次元が「関心」「価値づけ」「本能的衝動」によって動機づけられた「価値」に彩られた世界であったからではないだろうか。
by husserl_studies
| 2007-12-19 09:34
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