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石井雅巳「『全体性と無限』における享受論の実在論的読解ーレヴィナスはいかなる意味で現象学的か」
本発表の狙いは、国内における一連の現象学的実在論にかんする研究に依拠しつつ、レ ヴィナス『全体性と無限』(1961 年)第二部――いわゆる享受論――をある一つの現象学的 実在論の試みとして描き出すことである。とはいえ、レヴィナスは『全体性と無限』にお いて、現象学的実在論を展開したミュンヘン・ゲッチンゲン学派の面々に明示的に言及す ることはない。それゆえ、本発表は、思想史的な影響関係の解明というよりは、インガル デンらの議論を補助線に使いつつ、レヴィナスの記述をいかなる現象学的な態度として受 け取るかという事柄の理解を議論の争点とする。
レヴィナスが処女作『フッサール現象学の直観理論』(1930 年)から一貫してフッサール 現象学から恩恵を受けつつも、フッサールの観念論的−観想的立場に警鐘を鳴らすという両 義的な立場を取っていたことはよく知られているが、こうした立場は、フッサールの観念 論に対立し、実在論を現象学として肯定するインガルデンらと同じ方向を向いているもの と言える。本発表では、『全体性と無限』第二部における1フッサールに見出される表象 の優位についての批判、2身体性への着目によって可能になる、表象の次元から享受の次 元への転換、3享受による我々及びその知覚に対する条件づけ、4我々の生の内容であり、 享受の対象である糧とその実在(外在性)の肯定を可能にする元基(élément)といった論点 を取り上げ、レヴィナスによるフッサール批判の眼目を吟味した上で、享受の対象のもつ 実在性にかんする議論を現象学的記述として分析する。
レヴィナスの記述を現象学における観念論/実在論という枠組みで捉えることで、フッ サール現象学にとって本質的とも言える、構成や意味付与などを含めた志向性の議論を批 判しつつも、なぜレヴィナスは『全体性と無限』が「全面的に現象学的な方法に負ってい る」と述べることが出来るのか、というこれまでレヴィナス研究者たちを悩ませてきた問 いに一定の回答を与えることができるだろう。本発表は、上記の仕方でレヴィナスの記述 を正当化し、享受論そのものの理解を一歩先へと進めたい。
フッサールの観念論に対立し、身体性に着目しつつ実在を肯定する点で、レヴィナスと インガルデンは共闘関係にあると言えるが、両者の間に大きな隔たりがあることも事実で ある。本発表ではこの点にも触れ、ミュンヘン・ゲッチンゲン学派とは別の仕方で、現象 学的実在論を探求することも試みる。
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by husserl_studies | 2015-02-02 13:04 | 研究発表要旨
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